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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

書評

猿蟹合戦と鼠スッポン合戦【評=林真】

斧原孝守『猿蟹合戦の源流、桃太郎の真実——東アジアから読み解く五大昔話』(三弥井書店、2022) 昔話は流動する。そのことを教えてくれる好著だ。「はじめに」で著者は次のように書く。 本書は「猿蟹合戦」をはじめ、「桃太郎」・「舌切り雀」・「カチカチ…

煌めく波を見るように【評=中村絵美】

テッサ・モーリス=鈴木、大川正彦訳『辺境から眺める アイヌが経験する近代』(みすず書房、2000、新装版2022) 東日本大震災の後、「絆」という字が、被災地域への連帯を示すための言葉としてテレビによく映し出されていた。すかさず別のだれかが、「絆」…

「地球がゆれていた」【評=管啓次郎】

高良勉編『山之口貘詩集』(岩波文庫、2016) 詩は何を題材としてどんな語法で書いてもいい。できあがった言葉の配列が生む光景にどんな光がさすかだけが問題だ。ここに記されている言葉は言葉として真実だと信じられるかどうか。言葉そのものが唸りを発する…

「北」の眼差し【評=中村絵美】

浪川健治『北の被差別部落の人々——「乞食」と「革師」』(解放出版社、2021) 近世日本の北域に位置する弘前藩。幕藩制国家のシステムに貫かれた空間。18世紀末の弘前城下には、長助と呼ばれる黒地の羽織を纏う人物がいた。羽織の背には白い「かんじき」の紋…

私の中の一本の桜【評=管啓次郎】

イリナ・グリゴレ『優しい地獄』(亜紀書房、2022) この本についてはいずれもっと長く書くつもりだが今は引用から始める。「桜が枯れた冬、木を薪にして暖炉にくべた。木の声が聞こえた。歌っていると思った。私が子供の時に歌っていたのと同じ歌。そして匂…

「ふつう」をつづければいい【評=管啓次郎】

堀江敏幸+大竹昭子『新しい自我』(カタリココ文庫、2022) 大竹昭子さん発行の冊子シリーズ「カタリココ文庫」の新刊は堀江敏幸さんとの対話。のみならず堀江さんがかつて発表した、かなりの長さのある詩3篇の連作も収録されていて大変に読みごたえがある…

影が描く絵に魅せられて【評=管啓次郎】

水木プロダクション<作>村澤昌夫<画>『水木先生とぼく』(角川文庫、2022) 漫画というジャンルのもっとも直接的な魅力は絵にある。そして漫画家が漫画家になるのは、その人ならではのまぎれもない絵が生まれたときだろう。ひとコマ見ればその人の作品と…

外側と内側から見る潜伏キリシタン【評=中野行準】

大橋幸泰『潜伏キリシタン——江戸時代の禁教政策と民衆』(講談社学術文庫、2019) 2018年に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がユネスコの世界遺産に登録されたことによって、潜伏キリシタンに対する世間の関心は高まった。しかし、関心が高まると…

牛の鼻をかじってみたら【評=管啓次郎】

山田七絵編『世界珍食紀行』(文春新書、2022) 「強烈な獣臭さが脳天を貫く」「なぜか動物園の味がするのだ」これはインドネシア中部ジャワ州で牛の鼻のサテを食べた土佐美菜実さんの感想。世界のどこでも土地には土地の食べ物があり、料理実践をめぐる驚き…

無意味を夢見るまえに【評=管啓次郎】

赤瀬川原平『四角形の歴史』(ちくま文庫、2022) 哲学絵本と呼ぶべきか。天才の思索の凝縮力に戦くしかない一冊。なぜヒトは風景を眺めるのかという問いからはじまって、風景を生むことになった風景画、その絵を生むことになった四角い窓枠の存在を考えるう…

観光から「旅/観光」へ【評=林真】

橋本和也『旅と観光の人類学——「歩くこと」をめぐって』(新曜社、2022) 本書はCOVID-19の流行によって顕わになった「旅」の難しさを「『旅/観光』のハイブリッド」という提案を通じてときほぐす試みといえるだろう。その際、著者はイギリスの人類学者ティ…

小林エリカさん紹介【文=管啓次郎】

【7月23日、青山学院大学にて開催されたASLE-Japan文学・環境学会例会では小林エリカさんによる特別講演が行われました。冒頭の管啓次郎による講演者紹介をここに採録します。】 小林エリカさんをご紹介します。といっても、改めてご紹介する必要すらないこ…

まるで昨日のことのように【評=大洞敦史】

韓石泉『韓石泉回想録 医師のみた台湾近現代史』(韓良俊編、杉本公子・洪郁如訳、あるむ、2017) 台湾の町を歩くと、1945年以前の世界を身近に感じさせるものに出会うことがしばしばある。この台風の通り道で毅然と立ち続けている木造の民家や駅舎、壮麗な…

変な話【評=中野行準】

杉浦日向子『百物語』(新潮文庫、1995) <良い話>よりも<変な話>に惹かれる。うまいオチがついているわけでもなければ、読み終わってスッキリするということもないような、なんだかよくわからない<変な話>。そんな<変な話>を求めて、このところ私が…

文字に名残る心【評=管啓次郎】

荒川洋治編『昭和の名短編』(中公文庫、2021) 心は消えてゆく。死ねば忘れられる。文字は残る。Scripta manentというラテン語フレーズの真実を思う。心を文字にしようとするのが小説。名作として残っている作品には、作者と読者がある時代に共有した大きな…

ダブルコーラの日々【評=管啓次郎】

海野文彦『復帰前へようこそ おきなわ懐かし写真館』(ゆうな社、2012) 食い入るように見入った。懐かしい沖縄の写真、といってもこっちはその時代をまるで知らないわけだが写された場所や事物を実際に経験してきた人は何人か知っているし、ぼく自身がヤマト…

夏子の漂流の物語【評=管啓次郎】

与勝海星(上原武久)『沖縄戦史 対馬丸沈没』(沖縄文化社、2018) 対馬丸事件を思い出そう。1944年、戦局の悪化する沖縄から鹿児島へと学童生徒が疎開する。疎開船は8月22日夜、米軍の魚雷により撃沈され、千数百名が亡くなった。うち子供たちは800名近く…

「接ぎ木」という方法【評=中野行準】

桑木野幸司『ルネサンス 情報革命の時代』(ちくま新書、2022) ルネサンスときいてまず思い浮かべることはなんだろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ダンテやペトラルカなどの大芸術家たちの成し遂げた芸術的達成か、あるいは彼らの輝かし…

ゼラニウムってどんな花?【評=林真】

カシア・ボディ『ゼラニウムの文化誌』(富原まさ江訳、原書房、2022) ゼラニウムという花の名は、妙に記憶に残る響きをもっていないだろうか。私は長い間、ゼラニウムという呼び名が実際にどの花をさすのかさえ知らなかった。そもそも、広くゼラニウムとし…

オモニ、大地、草【評=谷口岳】

中川成美、西成彦編著 アンドレ・ヘイグ、金東僖、杉浦清文、劉怡臻、呉佩珍、栗山雄佑、謝惠貞、三須祐介著『旅する日本語——方法としての外地巡礼』(松籟社、2022) ひとが自分のなかにかたちづくる自然への感性は、うまれ育った場所・環境とわかちがたい…

山口さんに会ってみたい【評=林真】

山口勲『ボタ山のあるぼくの町——山口勲写真集』(海鳥社、2006) 幼なじみの女の子にカメラを借りて以来、ずうっと炭鉱を撮ってきたってのは、今思えば自分の生き様を撮ってきてるんですね。仕事してる人、風呂に入っとる人、路地で赤ちゃんあやしてる人、そ…

書誌学は本の考古学【評=中野行準】

白戸満喜子『書誌学入門ノベル! 書医あづさの手控』(文学通信、2020) エッセイストで書誌学者の林望は「書誌学は本の考古学である」(1)と書いたが、本書を読んでこの言葉ほど適切に書誌学を言い表すことはできないな、と思った。考古学者が発掘品の物質…

砂金掘りに行くな【評=管啓次郎】

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー『生き方の原則—魂は売らない』(山口晃訳、文遊社、2007) アメリカ合衆国には講演の文化があり、それがいまも生き続けているんだなと思ったことが何度かある。大学で開催される専門家の一般むけ講演に、かなりの数の聴衆が…

この悲惨な世界で暮らす「私たち」とは誰か?【評=林真】

アイウトン・クレナッキ『世界の終わりを先延ばしするためのアイディア——人新世という大惨事の中で』(国安真奈訳、中央公論新社、2022) 私たちはなぜこのような悲惨な世界で暮らすことになっているのだろう? 本書はあけすけにそう問いかけてくる。ある読…

書くことの不思議さにむかって【評=中野行準】

アニー・ディラード『本を書く』(柳沢由実子訳、田畑書店、2022) 棺桶一つのスペースで、人は本が読める。草刈り機やシャベルをしまうスペースがあれば、人は物が書ける。(12) 読者が、書くことに関するなんらかの実践的方法論を求めてこの本を手に取る…