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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

「ふつう」をつづければいい【評=管啓次郎】

堀江敏幸+大竹昭子『新しい自我』(カタリココ文庫、2022)

 

大竹昭子さん発行の冊子シリーズ「カタリココ文庫」の新刊は堀江敏幸さんとの対話。のみならず堀江さんがかつて発表した、かなりの長さのある詩3篇の連作も収録されていて大変に読みごたえがある。対話は2012年10月に名古屋で行われたものだが、古びるような性格の話題ではなく、岐阜県多治見市出身の堀江さんの背景に名古屋だからこそ明かされた点もあって興味深い。堀江敏幸の文章を読んでつねに感じるのはその精神年齢の高さ(まるで誰よりも聡明な少年のような?)だが、それを支えるのは言語的な反射神経の良さを思わせる運動感覚で、彼はどんな球でもきわめて有効に打ち返すピンポン選手だ。大竹さんもいわずと知れた巧みな話し手=聞き手。彼女が聞き出す「三角ベース」の秘密とフランスのモラリストに対する評価は、まさに堀江さんの本質を物語っていて痛快だ。彼の特質であり価値でもあるのは「ふつう」であることか。現代の大作家の素顔がうかがえる。