Coyote Reading

明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

変な話【評=中野行準】

杉浦日向子『百物語』(新潮文庫、1995)

 

 <良い話>よりも<変な話>に惹かれる。うまいオチがついているわけでもなければ、読み終わってスッキリするということもないような、なんだかよくわからない<変な話>。そんな<変な話>を求めて、このところ私が読んでいたのは、杉浦日向子の『百物語』だ。本書は雑誌「ガロ」でデビューして以来、江戸風俗を題材とした漫画と随筆で広範な読者を獲得してきた杉浦の最後の漫画作品である。1話1話が短いので空いた時間にすこしずつ読んで<変な話>に満足していた。たとえば「借り物鳥」と題された鳥の話。その鳥は寝ているときに人の顔を借りていく。取られた人の顔は寝ている間、眉毛だけになってしまい、翌朝は喉が痛むという。多分どこかで人の顔をした鳥が喋ったり歌ったりしているのだろう。鳥関連でいえば「鴨男」という話もあった。鴨を愛する男が、春になって北へ帰った鴨の代わりに池で鴨の真似をしていたら鴨になってしまうという話。男の顔が、鴨のたたんだ羽にうっすらと浮き出ている画はどこか奇妙だ。

 

 本書には<良い話>はぜんぜん出てこない。怪談は多いが、ただ怖いだけではなく、読み終わったあと、どこか不思議な気持ちになるものが多い。そしてなかなか笑える。この不思議な読後感は、映像のようなリアルさを持ちえない漫画だからこそできることかもしれない。肩から生えてきた茸や人面魚もどこかユーモラスだ。怪談といえば怖さばかりに焦点が当たりがちだが、もともと怪談はこうしたなんだかよくわからない<変な話>ばかりだったのではないだろうか。寝る前に読めば、奇妙なものが夢にあらわれるかもしれない。