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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

夏子の漂流の物語【評=管啓次郎】

与勝海星(上原武久)『沖縄戦史 対馬丸沈没』(沖縄文化社、2018)

 

対馬丸事件を思い出そう。1944年、戦局の悪化する沖縄から鹿児島へと学童生徒が疎開する。疎開船は822日夜、米軍の魚雷により撃沈され、千数百名が亡くなった。うち子供たちは800名近く。あまりにも恐ろしい惨事だった。だがそう聞かされただけでは、文字だけを残して忘れられてゆく歴史のひとこまとして終わってしまう。遠い土地、直接には知らない人々の過去に、自分もその渦に巻きこまれるかのようにして思いを馳せることは、独力では果たせない。想像が必要だ。やんばるの海で遊ぶ村の子供たちの姿からはじまって、沈没事故を生き延びた9歳のわらばー夏子の経験を描くこの漫画に、ずしんと胸をつかれた。かわいい絵だ。極限状況を経て奄美大島の漁師に救われるまで、何の誇張もなくこの通りのことが起きたのだろう。集団の経験をひとりの少女のありえた姿まで引き戻して、歴史を語り伝える。描かれる人々の表情に惹きつけられた。歴史漫画の小さな傑作だ。