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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

煌めく波を見るように【評=中村絵美】

テッサ・モーリス=鈴木、大川正彦訳『辺境から眺める アイヌが経験する近代』(みすず書房、2000、新装版2022)

 

 東日本大震災の後、「絆」という字が、被災地域への連帯を示すための言葉としてテレビによく映し出されていた。すかさず別のだれかが、「絆」という漢字の由来を辿れば、もともとは馬をつなぎとめておくためにその足に結んだ紐を意味するのだ、成り立ちを辿れば、いけにえの牛を2つに分けるという意味なのだ、と伝えてもくれた。では、何かを縛り何かの犠牲の上に成り立つのが日本という国なのか。そもそも国家という仕組みが、そうなのだった。

 今年(2022)の春に、本書の新装版が出た。ロシア軍によるウクライナ侵攻が続くいま、クリル(千島)諸島から「引き揚げ」た元島民らの「ビザなし交流」などについての二国間の合意が破棄されたいま、日本とロシアという国家が、どのように国民国家の物語の中に先住民族を位置付け取り扱ってきたか、改めて学んでみるのもいいだろう。

 そうした国家間の境界のそれぞれの側で、ひとりの人として生きるひと、その現実的な生き方に、著者は光を当てようとする。彼らの語る言葉や記録を手探り、何かを思い出そうとするように、旅する。アイヌの詩人違星北斗の語りに注目した章「他者性への道」では、自分の言葉で語り続けること、そうして語られた言葉に直面し意識を傾けることの意義が、はっきりと示されている。