書評
渡辺京二『近代の呪い』(平凡社新書、2020) 本書はフランス革命や日本の江戸時代などの歴史を振り返りながら、近代とは何だったのかを多方面から考察する。非西洋地域から見るならば近代化とは西洋化に他ならない。その西洋化がグローバリズムというかたち…
養老孟司『なるようになる。』(中央公論新社、2023) 養老孟司さんの語りによる自伝といっていい『なるようになる。』を、聞き手である読売新聞の鵜飼哲夫さんからいただき、早速読んだ。おもしろい。奇人といえば奇人、だが「哲学とは常識批判」と仮に定義…
ロバート・ヒンシェルウッド/スーザン・ロビンソン著、オスカー・サーラティ絵『はじめてのメラニー・クライン グラフィックガイド』(松木邦裕監訳、北岡征毅訳、金剛出版、2022) まず書いておかなくてはならないのは、本書が文字通り「グラフィックガイ…
I. イリイチ『シャドウ・ワーク 生活のあり方を問う』 (玉野井芳郎/栗原彬訳、岩波現代文庫、2006) 台湾の人に、東京出身だと自己紹介すると、7割くらいの確率で「便利な町ですよね、いいなあ」などと言われる。 「必ずしもそうではないですよ。満員電車…
『伊丹十三(人と物 8)』(無印良品、2018) MUJI BOOKSを初めて買った。150ページほどの文庫本、定価500円。興味深い著者が並んでいるが買ったのは伊丹十三。なつかしい。高校生のころ、『ヨーロッパ退屈日記』や『日本世間噺体系』を愛読した。ひとことで…
藤枝静男『虚懐』(講談社、1983) 虚(虛)という字の下部は丘の形をしている。丘には都があり、神聖な建物や墓地があった。それが荒れ果てたのが廃墟で、虚はもともと廃墟を意味する。そこから、現存しないことの意味になり、虚しいことや嘘を意味するよう…
石飛幸三『「平穏死」のすすめ──口から食べられなくなったらどうしますか』(講談社文庫、2013) 死は、生けとし生きるものに共通の終着点だ。しかしそこに至る道のりはさまざまである。突然死、長い苦痛の末の死、穏やかに迎える死……。なるべく苦しまずに逝…
Sam Hamill. The Pocket Haiku. Shambhala, 1995. 飛行機の中で読むのに文字がつまっていると目が疲れるので、俳句本を空港で買った。サム・ハミルによる『ザ・ポケット俳句』、コロラド州ボウルダーのシャンバラから出ている。そもそも俳句の知識がほとんど…
(たばこ総合研究センター「TASC」2023年6月号に寄稿した「詩をつかまえるために」と同時に書いた短文です。どちらにするか迷ってひっこめたほうの文章ですが、よかったら読んでみてください。) 自分は詩には無縁だと考えている人が多い。現代生活を見てい…
幸田文『草の花』(講談社文芸文庫、1996) 誰かの放ったなにげない一言に水を差される。あるいは、ついぽろりとどうしようもないことを言ってしまい、後悔する。本書に収められた随筆には、いくつかそういう場面が登場する。 表題作「草の花」は小学校を卒…
青山誠『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社、2021) 旅先の本屋でつい買って、移動中にさらりと読んでしまった。雑学の宝庫、それは歴史。知らないこと、思い違いをしていたことはたくさんあるものだ。202のトリビアが扱われ、配分(日本史、…
トム・ヴァン・ドゥーレン『絶滅へむかう鳥たち――絡まり合う生命と喪失の物語』(西尾義人訳、青土社、2023) 絶滅とはいかなる事態か。本書は「絶滅のなだらかな縁」にいる鳥たち――ミッドウェー島のアホウドリ、インドのハゲワシ、シドニー湾のコガタペンギ…
中沢啓治『わたしの遺書』(朝日学生新聞社、2012) 爆心地からわずか1.3キロのところで6歳児が被爆した。倒れたコンクリート塀と街路樹の狭い隙間に守られて潰されずにすんだ。父、姉、弟が死に、やはり奇跡的に無傷だった臨月の母はショックで路上で妹を出…
山本周五郎『青べか物語』(新潮文庫、1964) いつのまにか青べかの世界に迷い込んでしまっていた。そこにはタバコを1本せびっては、箱ごとかすめとっていく芳爺がいて、お金が貯まると女性に貢いでしまう留さんがいて、自分を兵曹長だと思い込み、会う人ご…
【2023年3月4日、越川芳明さんの最終講義「文学から遠く離れて」につづいて、明治大学文学部英米文学専攻主催の「退職記念祝賀会」が開催されました。以下はぼくの祝辞です。】 越川さん、本日はおめでとうございます。これからはいっそう自由に、旅もゴルフ…
丹下和彦『ギリシア悲劇の諸相』(未知谷、2023) 書名だけ見て、難解な研究書だと身構えないでほしい。本書の内容はいたって簡潔だ。ギリシア悲劇(および後述するサテュロス劇)から数篇が選ばれ、それぞれについての概要が語られ、解説が加えられる。同じ…
ホメロス『イリアス』(松平千秋訳、岩波文庫、1992) ホメロスの叙事詩『イリアス』を初めて読んで、びっくりすることばかりだった。とにかく血腥い。殺し合いの連続。古代ギリシャでは神々は死なず人間は死ぬのが大原則だが、たちの悪い神々は人間に殺し合…
大竹伸朗『見えない音、聴こえない絵』(ちくま文庫、2022) 大竹伸朗の言葉はおもしろい。ありふれた言い回しでは語り難いなにかを、あるときは造語によって、あるときは思いもよらない語の連結によって表現する。目次をさっと眺めてみるだけでもそのことが…
赤坂憲雄『〈災間〉に生かされて』(亜紀書房、2023) 書店で一際目を引く本が、本書だった。まず色が良い。とても鮮やかな黄と青が基調だ。そして二色の境目に綺麗なぼかしが入っている。カバーを外してみると中の表紙は淡い黒で、小さな無数の灰色の点が、…
佐藤あい佳編『季刊あおもりのき 2023新年・冬号・第11号(通巻273号)』(ものの芽舎、2023) 青森市発の文化誌『季刊あおもりのき』の最新号は、津軽の画家・櫻庭利弘特集だ。この号は、青森県立美術館の冬の常設企画展として「デモシカ先生の絵画道(かい…
大竹昭子、福田尚代『大竹昭子が聞く 福田尚代「美術と回文のひみつ」』(小出由紀子事務所、2018) 東京都庭園美術館で行われた「旅と想像 創造——いつかあなたの旅になる」展で、福田尚代の《翼あるもの》という作品をみた。旧朝香宮邸の書斎の書棚に、観覧…
古川日出男『天音』(Tombac、2022) 音とともにある旅の詩だ。この詩――古川日出男による初の詩作品にして長編詩――のタイトルはどう読むか。「てんおん」で間違いないと思う。「天音」が「てんおん」であるのには理由がある。引用しよう(文字の置き方まで熟…
マーガレット・ウィルソン『アイスランド 海の女の人類学』(向井和美訳、青土社、2022) 海を進む漁船を想像してみる。そこに乗っているのは誰だろう。みな男性? なぜそう思ったのだろう。そう思う事態に<なっている>のだろう。 アイスランドで船長とし…
Adrian Tomine, Intruders. (Faber Stories, 2019.) セリーヌ・シアマが脚本で加わっているジャック・オーディアール監督『パリ13区』を非常におもしろく見たが、まず冒頭でアッと思った。原作にエイドリアン・トミネの名がある。アメリカのコミックスが、部…
神本秀爾/河野世莉奈/宮本聡編『ヒューマン・スタディーズ——世界で語る/世界に語る』(集広舎、2022) 知っているつもりで知らないことというのは無数にある。そのことを繰り返し思い出させてくれる本だ。 本書には、主に人文社会科学の分野で活躍する書…
野村宗弘『のんびりヌルントゥルン(上、下)』(実業之日本社、2020) 「ヌルントゥルン」の意味にたどりつくまでが旅だ。東京からやってきた駆け出し写真家、カバ顔の大山くん。何も知らなかった沖縄で一歩ずつ人々の生活と心に近づいていく。おばあの手の…
陳耀昌『フォルモサに吹く風 オランダ人、シラヤ人と鄭成功の物語』(大洞敦史訳、東方書店、2022) 台南で経営していた蕎麦屋に、ある日珍しいほど鼻筋と頬骨の目立つ年配の紳士が来られ、2冊の著書をくださった。『福爾摩沙三族記』『島嶼DNA』という。前…
さくらももこ『またたび』(新潮文庫、2005) 『ちびまる子ちゃん』が一世を風靡していた時代ずっと日本にいなかった。出会ったのは作者のさくらももこさんが亡くなってからで、むちゃくちゃにおもしろい漫画だと思った。小学生の普遍=不変の体現なりき。先…
真木悠介『南端まで——旅のノートから 定本 真木悠介著作集 IV』(岩波書店、2013) 「南端」とはどのような場所だろう。その言葉から人がイメージするのはどのような風景か。本書を手に取ってまず目を引かれるのは、エッセイのページとページのあいだに挿入…
田河水泡『少年漫画詩集』(教育評論社、2021) 「漫畫の犬が抜け出して/肉屋の前にいるなんて/そんなばかげたことはない/君の目玉の間違いと/皆んなは僕を笑うけど/あれは確にのらくろだ」そんな詩行を含む詩のタイトルは「のらくろ」。おなじみの白黒…