Coyote Reading

明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

世のすべての才人が顔色を失なう才人の文章力のかけら【評=管啓次郎】

『伊丹十三(人と物 8)』(無印良品、2018)

 

MUJI BOOKSを初めて買った。150ページほどの文庫本、定価500円。興味深い著者が並んでいるが買ったのは伊丹十三。なつかしい。高校生のころ、『ヨーロッパ退屈日記』や『日本世間噺体系』を愛読した。ひとことでいって頭のいい文章だ。多才で博識、皮肉でユーモラス、世界的俳優でレタリングの名手。かっこいい大人の代表だった。この無印良品の冊子に収録された文も楽しめる。小一時間で読めるが精神に良い刺激になる。写真図版もいい。あきれるほどの絵のうまさには感嘆するしかない。どれかひとつといわれるなら「扇子」というわずか5ページのエセーを薦める。この文、この挿絵。文章の特徴としては、結末ですっとはずすセンテンスがじつにうまい。「扇子」においては「この白扇は百五十円くらいのものらしい。」どうでもいいことが妙なリアルさを全体に与える。何の役にも立たない知識を語って整然とした凝縮力をしめすのが随筆のエッセンス。不世出の才能だった。