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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

影が描く絵に魅せられて【評=管啓次郎】

水木プロダクション<作>村澤昌夫<画>『水木先生とぼく』(角川文庫、2022)

 

漫画というジャンルのもっとも直接的な魅力は絵にある。そして漫画家が漫画家になるのは、その人ならではのまぎれもない絵が生まれたときだろう。ひとコマ見ればその人の作品とわかるような。水木しげる先生は確実にぼくがもっとも多くの作品を読んできた漫画家のひとりだが、本書にはアッと驚いた。作者は水木先生のアシスタントを長年務めてきた村澤昌夫さん。だがこの絵は、われわれが水木しげるの絵として認識する絵、そのものなのだ。漫画の現場ではキャラクターは先生が描き背景をアシスタントが担当するのかと漠然と考えていたが、そんな分業は完全に超越した境地か。感心するばかり。村澤さんが親しくつきあってきた偉大な隻腕の漫画家の素顔が、物語として再現され語られる。なんというなつかしさ。お会いしたことはないけれど。漫画家の影として働き、名前なく、ただ一心不乱にその世界の創造に没頭した水木サンの一番弟子の、かけがえのない傑作だ。