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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

2023-01-01から1年間の記事一覧

驚くべき解剖学者の生涯の秘密【評=管啓次郎】

養老孟司『なるようになる。』(中央公論新社、2023) 養老孟司さんの語りによる自伝といっていい『なるようになる。』を、聞き手である読売新聞の鵜飼哲夫さんからいただき、早速読んだ。おもしろい。奇人といえば奇人、だが「哲学とは常識批判」と仮に定義…

リチャードくんと目が合って【評=林真】

ロバート・ヒンシェルウッド/スーザン・ロビンソン著、オスカー・サーラティ絵『はじめてのメラニー・クライン グラフィックガイド』(松木邦裕監訳、北岡征毅訳、金剛出版、2022) まず書いておかなくてはならないのは、本書が文字通り「グラフィックガイ…

「支払われない労働」の重量差【評=大洞敦史】

I. イリイチ『シャドウ・ワーク 生活のあり方を問う』 (玉野井芳郎/栗原彬訳、岩波現代文庫、2006) 台湾の人に、東京出身だと自己紹介すると、7割くらいの確率で「便利な町ですよね、いいなあ」などと言われる。 「必ずしもそうではないですよ。満員電車…

世のすべての才人が顔色を失なう才人の文章力のかけら【評=管啓次郎】

『伊丹十三(人と物 8)』(無印良品、2018) MUJI BOOKSを初めて買った。150ページほどの文庫本、定価500円。興味深い著者が並んでいるが買ったのは伊丹十三。なつかしい。高校生のころ、『ヨーロッパ退屈日記』や『日本世間噺体系』を愛読した。ひとことで…

虚懐を抱き、秋聲をきく【評=中野行準】

藤枝静男『虚懐』(講談社、1983) 虚(虛)という字の下部は丘の形をしている。丘には都があり、神聖な建物や墓地があった。それが荒れ果てたのが廃墟で、虚はもともと廃墟を意味する。そこから、現存しないことの意味になり、虚しいことや嘘を意味するよう…

青森の山を歩く人へ【評=中村絵美】

山田耕一郎『青森県山岳風土記』(北の街社、1979) 旅に出た先で本屋に立ち寄れば「郷土本コーナー」があって、地元出版社や地元作家に関連する著作が並べられていたりする。多くの本好き、あるいは郷土誌好きがそうであるように、私もそうした本棚を眺める…

何もしないことを受け入れるために【評=大洞敦史】

石飛幸三『「平穏死」のすすめ──口から食べられなくなったらどうしますか』(講談社文庫、2013) 死は、生けとし生きるものに共通の終着点だ。しかしそこに至る道のりはさまざまである。突然死、長い苦痛の末の死、穏やかに迎える死……。なるべく苦しまずに逝…

ポケットに俳句を【評=管啓次郎】

Sam Hamill. The Pocket Haiku. Shambhala, 1995. 飛行機の中で読むのに文字がつまっていると目が疲れるので、俳句本を空港で買った。サム・ハミルによる『ザ・ポケット俳句』、コロラド州ボウルダーのシャンバラから出ている。そもそも俳句の知識がほとんど…

嗜好品としての詩? 【文=管啓次郎】

(たばこ総合研究センター「TASC」2023年6月号に寄稿した「詩をつかまえるために」と同時に書いた短文です。どちらにするか迷ってひっこめたほうの文章ですが、よかったら読んでみてください。) 自分は詩には無縁だと考えている人が多い。現代生活を見てい…

余計なお世話と地獄耳【評=林真】

幸田文『草の花』(講談社文芸文庫、1996) 誰かの放ったなにげない一言に水を差される。あるいは、ついぽろりとどうしようもないことを言ってしまい、後悔する。本書に収められた随筆には、いくつかそういう場面が登場する。 表題作「草の花」は小学校を卒…

歪みと沈下【評=中野行準】

「六本木クロッシング2022往来オーライ!」展(森美術館) 「青木千絵個展 沈静なる身体」展(ギャラリーSOKYO ATSUMI) 青木千絵の彫刻は微動している。うなだれ、もつれ合い、倒れかかっている人型の彫刻は、重力に耐えきれず、平衡感覚を失いながら、少し…

浅間山の大噴火がフランス革命をひきおこした?【評=管啓次郎】

青山誠『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社、2021) 旅先の本屋でつい買って、移動中にさらりと読んでしまった。雑学の宝庫、それは歴史。知らないこと、思い違いをしていたことはたくさんあるものだ。202のトリビアが扱われ、配分(日本史、…

1羽のペンギンへの返答【評=林真】

トム・ヴァン・ドゥーレン『絶滅へむかう鳥たち――絡まり合う生命と喪失の物語』(西尾義人訳、青土社、2023) 絶滅とはいかなる事態か。本書は「絶滅のなだらかな縁」にいる鳥たち――ミッドウェー島のアホウドリ、インドのハゲワシ、シドニー湾のコガタペンギ…

6歳児が体験した夏、広島【評=管啓次郎】

中沢啓治『わたしの遺書』(朝日学生新聞社、2012) 爆心地からわずか1.3キロのところで6歳児が被爆した。倒れたコンクリート塀と街路樹の狭い隙間に守られて潰されずにすんだ。父、姉、弟が死に、やはり奇跡的に無傷だった臨月の母はショックで路上で妹を出…

青べか世界【評=中野行準】

山本周五郎『青べか物語』(新潮文庫、1964) いつのまにか青べかの世界に迷い込んでしまっていた。そこにはタバコを1本せびっては、箱ごとかすめとっていく芳爺がいて、お金が貯まると女性に貢いでしまう留さんがいて、自分を兵曹長だと思い込み、会う人ご…

越川芳明さんへの感謝【文=管啓次郎】

【2023年3月4日、越川芳明さんの最終講義「文学から遠く離れて」につづいて、明治大学文学部英米文学専攻主催の「退職記念祝賀会」が開催されました。以下はぼくの祝辞です。】 越川さん、本日はおめでとうございます。これからはいっそう自由に、旅もゴルフ…

辺境のキュクロプス【評=林真】

丹下和彦『ギリシア悲劇の諸相』(未知谷、2023) 書名だけ見て、難解な研究書だと身構えないでほしい。本書の内容はいたって簡潔だ。ギリシア悲劇(および後述するサテュロス劇)から数篇が選ばれ、それぞれについての概要が語られ、解説が加えられる。同じ…

獣脂にすっぽり被われて【評=管啓次郎】

ホメロス『イリアス』(松平千秋訳、岩波文庫、1992) ホメロスの叙事詩『イリアス』を初めて読んで、びっくりすることばかりだった。とにかく血腥い。殺し合いの連続。古代ギリシャでは神々は死なず人間は死ぬのが大原則だが、たちの悪い神々は人間に殺し合…

言葉に操られて【評=中野行準】

大竹伸朗『見えない音、聴こえない絵』(ちくま文庫、2022) 大竹伸朗の言葉はおもしろい。ありふれた言い回しでは語り難いなにかを、あるときは造語によって、あるときは思いもよらない語の連結によって表現する。目次をさっと眺めてみるだけでもそのことが…

無数の星の散る夜をしのぶとすれば【評=中村絵美】

赤坂憲雄『〈災間〉に生かされて』(亜紀書房、2023) 書店で一際目を引く本が、本書だった。まず色が良い。とても鮮やかな黄と青が基調だ。そして二色の境目に綺麗なぼかしが入っている。カバーを外してみると中の表紙は淡い黒で、小さな無数の灰色の点が、…

津軽に生きる画家【評=中村絵美】

佐藤あい佳編『季刊あおもりのき 2023新年・冬号・第11号(通巻273号)』(ものの芽舎、2023) 青森市発の文化誌『季刊あおもりのき』の最新号は、津軽の画家・櫻庭利弘特集だ。この号は、青森県立美術館の冬の常設企画展として「デモシカ先生の絵画道(かい…

1行の不思議【評=中野行準】

大竹昭子、福田尚代『大竹昭子が聞く 福田尚代「美術と回文のひみつ」』(小出由紀子事務所、2018) 東京都庭園美術館で行われた「旅と想像 創造——いつかあなたの旅になる」展で、福田尚代の《翼あるもの》という作品をみた。旧朝香宮邸の書斎の書棚に、観覧…