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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

津軽に生きる画家【評=中村絵美】

佐藤あい佳編『季刊あおもりのき 2023新年・冬号・第11号(通巻273号)』(ものの芽舎、2023)

 

 青森市発の文化誌『季刊あおもりのき』の最新号は、津軽の画家・櫻庭利弘特集だ。この号は、青森県立美術館の冬の常設企画展として「デモシカ先生の絵画道(かいがみち) 櫻庭利弘の歩み」展が開催されていたのに時期を合わせて発行され、展示と同様に、作品そのものだけでなく、画家になり教師になってゆく彼の人生の変容そのものが丹念に記されている。半世紀以上にわたる櫻庭の画業の深化については、櫻庭本人が絵画の主題へ言及した記事や上述の常設企画展を担当した学芸員・高橋しげみの記事で知ることができる。


 終戦直後の津軽の小さな農漁村を小学校の代用教員を出発点として渡り歩いた櫻庭の人生の道ゆきを、なんと呼ぼう。彼がどれだけ望もうとも貧しさゆえに諦めた東京への進学や油絵画家への道を、どう捉えよう。


 彼の表現に決定的な影響を与え続けている津軽という場所は、明治初期の廃藩置県に至るまで、中央から「陸奥」と呼ばれた土地であった。元の語源は「道の奥」。中央から北へ、侵略を伴い延伸し続けた街道の最奥が津軽なのだ。そうした中央との関係の遠近を、「道」と言う時に考えずにはおれない。


 加えて、目下私の関心である写真関係で注目すべきは、《村へ》シリーズの撮影のため青森を訪れた写真家・北井一夫の原稿が、この特集に寄稿されているということだ。記事によると「田舎の風景を撮りたい」と北井が漠然と考えていた折、東京の画家・尾崎ふさの伝で櫻庭を頼ることになったという。そうして被写体を探しに青森を訪れた北井は、櫻庭の生徒の家に案内され、彼の家に泊まり、アトリエで彼の絵に囲まれつつ就寝したという。1971年の夏の津軽の旅。北井が写真集『三里塚』を出版した年でもあるが、まだ二十代後半の青年で、都内を拠点としてきた北井にとっては、この旅そのものが強烈な体験になっただろう。以後50年近く櫻庭と交流があるという。


 櫻庭展を見に行った際に企画者の高橋学芸員から聞いた話によると、北井が青森で撮影した写真が、櫻庭の他、北井に協力した人々に寄贈されていたことが調査時に分かった。北井の写真が五所川原市で行われた津軽の写真グループ主催の展覧会に出品されたことを機会に、その主催者と企画に尽力した櫻庭とに作品が手渡された、という。そのため、櫻庭展で関連作家の紹介として何人かの芸術家を紹介する中で、櫻庭らが保管してきた下北や津軽を写した北井の写真17点のオリジナルプリントも展示された。また、同展関連イベントの櫻庭のアーティストトークには北井が駆けつけたという。


 《村へ》は、「崩壊」する農村を捉えた優れた写真、記録として評価され続けている。しかし『あおもりのき』に収められた櫻庭の人生についてのルポルタージュ(文・菊池敏)や取材ノート(文・佐藤史隆)まで読み進め、この土地に生きる画家の存在をしっかりと確かめたとき、そんな批評の言葉はすっかり表面的なものに感じられ、津軽の夏の晴天に照らされたみたいにカラカラと乾燥していった。

 

参考展示/
青森県立美術館コレクション展2022-3「デモシカ先生の絵画道:櫻庭利弘の歩み」会期 2022年11月23日~2023年1月29日
参考文献/
北井一夫『いつか見た風景 Somehow Familiar Places』2012年、冬青社
『画家・櫻庭さん 画業人生や表現世界語る』2023年1月23日、東奥日報