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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

6歳児が体験した夏、広島【評=管啓次郎】

中沢啓治『わたしの遺書』(朝日学生新聞社、2012)

 

爆心地からわずか1.3キロのところで6歳児が被爆した。倒れたコンクリート塀と街路樹の狭い隙間に守られて潰されずにすんだ。父、姉、弟が死に、やはり奇跡的に無傷だった臨月の母はショックで路上で妹を出産する。少年がたった今まで話していた近所のおばさんは黒焦げ。たくさんの死体。ガラスの破片がおびただしく刺さり皮膚がむけてぶらさがったまま歩く人々。その後の惨状を含めて、少年はすべてを見て、記憶した。それは何という生涯だろう。どんな光景が、音が、匂いが、なんど甦ったことだろう。想像を絶するが、想像しないわけにはいかないし、想像しなくてはならない。想像しうるすべてをはるかに超えた記憶を現実のものとして、彼は成長し苦闘し漫画家となり、母の死を契機に原爆体験を描くことを決意した。やがて『はだしのゲン』へと結実する中沢啓治の漫画は人類の宝だ。核兵器には全面禁止以外の道なし。核武装の狂気を断じて容認してはならない。