Coyote Reading

明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

立ち話10 後藤亨真さん(出版社コトニ社代表)

 

ひとり出版社コトニ社の後藤亨真さんです。その「文庫手帳2022」って何ですか。

 

ああ、これは筑摩書房が毎年出している文庫サイズのスケジュール帳で、たいして大きくないのでいろいろ書き込むことはできないのですが、ぼくくらいの仕事量にはちょうどいいんですよ。もう10年以上使っています。

 

そんなに忠実な愛用者がいるとは…文庫も浮かばれますね。

 

筑摩の方もびっくりじゃないでしょうか。

 

書店に行くとちくま文庫の棚にあるんですか。

 

ええ、文庫のところに並んでます。毎年10月くらいになったら。そんなに高いものじゃないし、何より丈夫なんですよね。

 

使いはじめたきっかけは?

 

ぼく、もともと今福龍太先生のゼミ生だったんですが、大学はちがうけれど今福ゼミのセンパイといっていい、いま多摩美で教えている金子遊さんが使ってるのを見たんです。

 

おお、それで?

 

その当時は、ぼくにとって金子遊というのはかっこいい存在だったんですね(笑)。金子さんのほうが3年くらい上なんですけれど。それで、金子さん、文庫手帳使ってるのか、あれかっこいいな、と思って真似した。実際使いはじめてみると毎年あれこれ迷うこともなくなって。使い勝手がいいからでしょうね。

 

金子さんの何がかっこよかったんでしょう?

 

うーん、何なんでしょうね。ぼくの勝手なイメージなんですけれど、その当時のそうした先輩たち、何人かいたんですが、みんなどこかまじめなんですよ、もちろんいい意味で。誠実そうな人が多くて。いや、金子さんが誠実じゃないというつもりはないんですが(笑)。金子さんには他の人とはちがう、ちょっと型破りで破天荒なところがあってかっこいいと。

 

ああ、わかります(笑)。

 

初めて金子さんに会ったのは、いまでも覚えているんですけれど、2003年の奄美自由大学で徳之島に行ったときに初めて会ったんです。そこで円形の古い闘牛場を見に行った時、金子さんが「おれ自然きらいなんだよね」ってポツンといって(笑)。奄美に行って、あのすごい自然の中でみんなが「おー」ってなってるときに、ぼくにむかって「おれ自然きらいなんだよね」(笑)。それで、かっこいいなあ、と。

 

なるほどー。それが文庫手帳にいたった。いい話ですね(笑)。金子さんは『森のムラブリ』(2019年)をはじめいい映像作品をいくつも作ってるし、本だと今年も『マクロネシア紀行』(アーツアンドクラフツ)というおもしろい本を出している。才能もやる気もある人ですね。この夏はジャワ島で憑依芸能のフィールドワークをしているとか。

 

あ、そうなんですか。ほんと、すごいです。

 

後藤さん、本を作る世界に入るきっかけは何だったんですか。

 

そうですね。札幌大学にいらした時代の今福先生との出会いが大きいのですけれど、ぼくが学生だったときに、先生が多木浩二さん(1928-2011)を夏休みの集中講義に招かれたんですね。多木先生にお会いしたのはそのときが初めてだったのですが、その集中講義の内容がとてもすばらしくて、この講義を本にしたいと思ったのが最初のきっかけでした。

 

あー、なるほど。

 

編集者になりたいというよりも、これを本にしたい、と。本にするにはどうするか。それが編集という作業だ、と。それで勉強をかねて文字起こしをして。当時は多木先生もお元気でしたから、今福先生をまじえて3人で、どこの出版社にもちこもうかといった相談もしていたんですが、そううまくは行かなくて。結果的に、えーっと、多木先生の集中講義があったのが2003年と2004年だったと思うんですが、本になったのは2013年です。10年くらい経ってしまいました。そのころには多木先生も亡くなられていたのですが、本は『映像の歴史哲学』としてみすず書房から出版されました。それでいちおう夢はかなった、というか。

 

すばらしいですね。それから二つくらいの出版社勤務を経て、ご自分のコトニ社を作ったわけですね。創立は何年でしたっけ。

 

2019年の8月。ちょうど3年前ですね。

 

コトニ社がめざすところは、ずばりいって何でしょう?

 

そうですねー。答えるのは非常にむずかしいんですが、ひとり出版社をやるくらいなら、普通にいうならばそれなりに編集の方針が自分の中にビシッとあって、それこそ夢というかヴィジョンがはっきりとあるのが一般的だろうと思うんですけれど、ぼくの場合はどちらかというと直観的に動く人間で、あまり戦略的に方針などを立てないままにポンと始めたというところがありまして。方針はあまり作らず、コトニ社が何年か継続的に本が出せれば、自然にコトニ社らしさが出てくるんじゃないかなと思っています。なので、めざすところは…あんまりないです(笑)。

 

おのずから流れが生じる、ということかな。それでいいと思います(笑)。そういえば社是がfestina lente(ゆっくり急げ)でしたね。

 

そうなんです。ヴェネチアのアルドゥスさんが16世紀にやっていた出版社のモットーをパクりました(笑)。急いでばかりでは大切なことがこぼれ落ちてしまうので、せかせかした風潮に流されながらも、ゆっくり、落ち着いて、慎重に本作りをしたいな、と思っています。