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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

立ち話12 東辻浩太郎さん(編集者)

 

左右社の編集者、東辻さんです。ティム・インゴルドやレベッカ・ソルニットの翻訳書をはじめ、人文系のよい本をたくさん作っていらっしゃいます。東辻さん、旅行がお好きですよね。

 

はい。

 

ぼくが以前にアルバニアに行ったとき、アルバニアに行った人なんて誰もいないだろうと思っていたら先を越されていてびっくりした(笑)。あれは何の旅だったんですか。

 

あれは以前に勤めていた会社を妻と計らって辞めて(おなじ会社に勤めていたわけではありませんが)どうせ旅行をするなら年をとってからよりも今、行きたいところに行こうじゃないかと考えたんですよ。結局、1年間休むことにして、旅行自体は半年。いちど行ったことのあったギリシャにもう1回行きたいという気持ちがあり、それを軸に世界一周の航空券を買って出かけました。

 

なぜギリシャ? 西洋古典に興味があったんですか。

 

おそらく村上春樹の『遠い太鼓』です。あの本を読んで、なんていい国だろうと思って(笑)。妻と知り合ったのは古いんですけれど、結婚したのはふたりとも勤めてしばらくしてからで、そのときに休みもらってどこか行こうかというんでギリシャのクレタ島まで行きました。

 

いわゆる新婚旅行で。

 

それで現代ギリシャにふれて、みんなボンヤリ生きているというか、いい国だなあと思ったんですね。貧しいし、ややこしい国かもしれないけど、人間これくらいどこか割り切って生きるべきだというか。気に入って、数年以内にまた来たいねなんて話してたところ、3年くらいで早々にまた行ってしまった。

 

よっぽど気に入ったんですね。半年の旅のときは、ギリシャ以外にどこに行ったんですか。

 

ギリシャに連続ではい続けられなくて、いちど出国しなくてはいけないというので、バスで北の国境まで行ってアルバニアに入ってからタクシーを捕まえた。そこからマケドニアをまわって、トルコに出て、またギリシャに戻ってくるという旅程をたどりました。

 

大ツアーですね(笑)。それだけ行っても、やはりギリシャがいちばんよかった?

 

いや、いちばん「いい」といえるかどうかは……。メキシコなんかにもちらっと行ったんですけど、やっぱり中緯度地方に惹かれて。ギリシャでアパートを借りて2週間くらい滞在したとき、そこのオーナーが日本人の旦那さんと日本で社民党を研究したという政治学者の女性だったんです。その方には「あんたたちの興味がある国は結局なまけ者の国ね」っていわれました(笑)。あの緯度——ギリシャでありポルトガルでありメキシコでありというあたりですね。ヴェトナムも入れてもいいのかな、ヴェトナムはちょっと国の雰囲気がちがいますけれど。あのあたりの社会が、成熟しているんだけれど経済との折り合いという意味では停滞的というか、行き詰まりもあって、それでも社会の仕組みは仕組み、個人は個人で、経済の建前と個人が生きていくベースにあるコミュニケーションみたいなものをちゃんと分けている。経済にすっかり身を委ねるのでもなく、かといってそこからすっかり切り離した人でないと人間らしく生きていけないというのでもなくて、金儲けをしたい人、エリートになりたい人も、それはそれでいい。そういう社会のありようが、旅行で知り合った人と話したり眺めてきたりした程度ですけれど感じられて、いいなあと思いました。

 

怠ける人を許すのも社会の成熟のうちということかな。

 

ギリシャが破綻するという話が大々的に報じられたことがありましたね。ギリシャでは公務員がバスの運転手さんにいたるまでナントカ手当て、カントカ手当てといろいろついて、一日のほとんどどころか一年のほとんど働いてない、けしからん、みたいな論調が日本中にあふれて、あのときはつくづくウンザリしました(笑)。

 

なるほどー(笑)。

 

それは一個人として理想的な暮らし方でこそあれ(笑)、こんなことを許したら社会が破綻するって叩くのは、みんなして窮屈になるだけだと思うんです。

 

たしかに。経済破綻に対する断罪の論調は、現代日本の経済至上主義の裏面でしょうね。しかも自分たちがイメージする額面どおりの「経済」が唯一の経済であると思いこんでいる。旅に出て目を覚ます必要がありますね。