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明治大学大学院<総合芸術系> 管啓次郎研究室の書評ブログ

のらくろはどこにでもいる、必ず【評=管啓次郎】

田河水泡『少年漫画詩集』(教育評論社、2021)

 

「漫畫の犬が抜け出して/肉屋の前にいるなんて/そんなばかげたことはない/君の目玉の間違いと/皆んなは僕を笑うけど/あれは確にのらくろだ」そんな詩行を含む詩のタイトルは「のらくろ」。おなじみの白黒犬のカットが添えられている。一世を風靡した兵隊犬漫画の作者唯一の詩集は『少年漫画詩集』と題され、幼年でも青年でもない谷間の年齢を念頭において書かれた。発行は昭和22年秋、定価40円。敗戦後の少年を励ますという目的は明らかだろう。本書はその復刊版。兵隊漫画のらくろの背後に潜む思想を云々するつもりはない。ただのらくろの必要だけを思い出しておこう。人間社会に迷いこむ異種。人間社会と時代からの脱出への矢印をしめしてくれる動物。何もいわずにつれそってくれる仲間。漫画の犬は作り事と現実のふたつの平面のあいだを高速で行来しながら、不在によってどこまでもついてくる。「ちらと見かけた黒い犬」の必要は、時代を超えて不変だ。