阮義忠『人と土地 台湾1974-1986』(栖来ひかり訳、みすず書房、2026)
十名ほどの子供たちと青年が見つめるなか、一人の子供が宙返りをしている。裸足で、ごつごつとしたたくましい背中をこちらに向けて。「台湾 1974―1986」という副題の下に配されたこの表紙写真は、初めてこの本を手に取った大方の人が想像するであろう、平和で牧歌的な情景を映したものではない。撮影地は台湾の南端にほど近い、太平洋に臨む旭海という土地だ。
「この小さな村では、数地帯の家がすべて秘匿された軍事基地の用地の中に囲われ、立ち退きを迫られようとしていた。〔中略〕身につけていた装備をすべて提出すれば通行を許すと言われ、荷物検査を受けていたそのときである。危険を冒してでもフィルムに収めようと決意させたこの一幕が、地平線の上に現れた」(前書き)
独裁政権により1949年から87年まで施行されていた戒厳令下、台湾の人々は、エリートも一般市民もひどく窮屈な暮らしを強いられていた。「この小さな村」の八方塞がりの環境は、その縮約とも云えるだろう。この子供たちは、誰がいちばん多く宙返りができるかを競い合っているところで、撮影者の阮義忠はそんな彼らのうちに、人生をひっくり返そうとしてあがく意識を読み取った。
阮義忠は1950年、旭海と同じく太平洋に面する町・宜蘭県頭城に生まれ、台湾の土地と人々を撮り続けてきた人だ。本書は農山村や漁村の人々をとらえた珠玉の写真85点と、それぞれについての解説を兼ねたエッセイが「成長」「労働」「信仰」「帰郷」の四章に分けて収められている。
エッセイは当時の社会に関する知識に加え、一枚の写真について推理力を働かせながら分析することの面白さをも教えてくれる。たとえば稲わらを山と積んだ運搬車に老夫婦と小さな子供が乗っている写真について、次のように書かれる。
「今季は豊作で、農家はよい冬を迎えられそうだということ。そして、息子夫婦は他所に出稼ぎに出ていて、祖父母が孫を育てているらしいこと。背筋を伸ばして座っている孫の様子からは、祖父母の行き届いた教育が見て取れる」(159)
そこで私はこの本を、良質な「読解問題集」として読み進めた。まず写真を見つめ、そのシチュエーション、社会的背景、阮氏が伝えんとしているものなどを想像し、それから答え合わせとしてエッセイを読むという流れで。
何よりも激しく心を揺さぶられた一枚は、台東の沖合いに浮かぶ蘭嶼で1982年に撮影されたものだ。ほっかむりをした頭に大きな荷袋を載せた老女が、まっすぐにこちらを睨んでいる。撮影同年、原住民族タオ族の人々が伝統的な暮らしを営んできたこの島に、住民の意思を無視して核廃棄物貯蔵場が建設された。
「濃い疲労の色が浮かぶ女性の背中に、荷物が重くのしかかっている。それはまるで、今のタオ族の境遇そのもののように思えた。〔中略〕レンズのむこうで厳しい表情を湛えた女性は、わたしを一瞥するとすぐに目を逸らした。外部からのあらゆる侵入に強い抗議を示すかのように」(173)
本書には、半世紀前に台湾の人々が送っていた生活と感情が、圧倒的なリアリズムをもって記録されている。その根底をなしているのは、阮氏の写真観だ。人は往々にして非日常的なものを目に見た時にカメラをかまえるものだが、阮氏は云う。
「わたしにとってカメラは宝探しの道具ではない。レンズは目であり、シャッターは筆、フィルムはスケッチブック。そうしてそこに写し出されるのは、わたし自身の人生の経験である」(42)
とすれば写真を見るということは、一種のタイムマシーンに乗って、撮影者の人生を追体験することだとも云える。そして阮氏がとらえてきた当時の日常には、今やどこを探しても出会えない。どんな平凡も、やがて非凡へと変わっていく。
個人も社会も、がむしゃらに疾走し続けることを余儀なくされている。時として何か大事なものを落としてしまうことに気づく暇もなく。それをふと思い出させてくれるのは、かつて何の変哲もないものだった一枚の写真かもしれない。