この春までうちの大学院生だった中野行準くんです。藤枝静男についてのおもしろい論文で修士号をとり、いまは出版社でバイトをしながら本を読んでいます。このバイトもけっこう長くなったよね。
1年半ぐらいですかね。
どんな仕事をするんですか。
まあ、雑用なんでもですが、ときには原稿の文字表記や印刷所への指定のチェックをしたりもします。
ということは編集者への第一歩を踏み出しているわけだ。
そうともいえますね。
中野くんは理系(物理学科)の学生だったけど、本というか文学を読むのが好きだよね。いつから好きになったの。
大学2年くらいのときですか。よく小説家などで子供のころから読書が大好きだったという人がいますけど、そういうわけではぜんぜんありませんでした。
どうして好きになったの。
暇だったんですよ。とてつもなく(笑)。
勉強しなかったからじゃないの(笑)。
そうですね(笑)。そうかもしれません。物理の授業がむずかしかったということと、暇だったということで、なんとなくずっと読んでいるという生活がはじまった。
文学に何を求めて?
はじめのうちは、ありきたりかもしれませんが「ああ、こんな人生もあるんだな」といった別の世界の体験ですよね。最近は、何をいっているのかわからない人の文学に惹かれます。理解できないものに惹かれはじめた。
それは藤枝論からの延長なのかな。最近、深沢七郎が好きだとかいってたじゃない。あれは何で?
深沢七郎もちょっと理解できないから、おもしろいです。深遠な何かがありそうだったりなさそうだったり。そういうところがいいですね。
「おくま嘘歌」っていう短編知ってる? あれこのあいだ理工の1、2年生むけの授業で読んだんだけど。けっこう反応よかったよ。
ああ、いいですね。
それが嘘と本当という区分からはじまって、これは嘘だけどいい嘘なんだみたいな話になるとつまらないんだけど、深沢さんはもちろんそんな単純な対立を超えて、変な境地を作り出してるね。他にはどういう作家に興味があるんですか。
いろいろだらだらといっぱい読むんですけれど…。いずれちゃんとやりたいなと思っている作家は深沢七郎、石牟礼道子。いきなり飛ぶと、W.G.ゼーバルト、カーソン・マッカラーズ、シャーウッド・アンダーソン。
だんだんわからなくなってきた。(笑)
でもマッカラーズとアンダーソンは最近は完全に放棄してて、いま読むとどう思うかわかんないですけれど、さっきいった大学2年くらいの読書始めの時期に、すごくつかまれた人たちでした。
ゼーバルトはぼくの目標のひとり。それとまえに赤瀬川原平=尾辻克彦を勧めておいたんだけど。
ああ。読んでみます。
赤瀬川原平論は穴だよ。彼はそれこそ、他の人では絶対に考えつかないような変なことをいっぱい考えてるし。藤枝、深沢とつづいて、おもしろいものが書けると思うよ。アメリカ文学だと、フラナリー・オコナーが気に入るかも。
そうですね。これからも理解できないものを求めて読書していければいいなと思います。